大判例

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東京地方裁判所 昭和57年(ヨ)2205号

申請人

松本喜富

(ほか二名)

右三名訴訟代理人弁護士

内田雅敏

内藤隆

被申請人

千葉総業株式会社

右代表者代表取締役

廣瀬郁夫

右訴訟代理人弁護士

芦苅直已

(ほか三名)

主文

本件各申請はいずれもこれを却下する。

申請費用は申請人らの負担とする。

理由

第一申立

一  申請人ら

1  申請人らが被申請人に対し仮に雇用契約上の権利を有することを確認する。

2  被申請人は申請人松本喜富に対し金二五万円、同内田直子に対し金一四万円、同鈴木ひろみに対し金一二万円を仮に支払え。

3  被申請人は、昭和五七年一月二六日以降毎月二六日限り、申請人松本喜富に対し金二五万円、同内田直子に対し金一四万円、同鈴木ひろみに対し金一二万円を仮に支払え。

4  申請費用は被申請人の負担とする。

二  被申請人

主文第一項と同旨

第二判断

一  疎明資料及び審尋の結果によれば、次の事実を一応認めることができる。

1  被申請人千葉総業株式会社(以下「千葉総業」という。)は、不動産売買を主な業務とし、千葉県下の土地の分譲等の事業を営む会社である。

申請人松本は昭和五六年四月一日、同内田は同年五月一一日、同鈴木は同年四月一七日、それぞれ千葉総業の従業員として雇用された。

2  千葉総業(代表取締役廣瀬郁夫)は、公務員の職場に配布される小雑誌(月刊「共済財形」、「共済サービス」等)に不動産広告を掲載し、公務員を顧客とする不動産売買によって売上げを伸ばし事業を拡大してきた。そして、千葉総業では、広告料の高騰や営業上の必要から独自に月刊雑誌「保険共済」を創刊するため別会社の設立を企図し、昭和五六年六月八日共済振興協会株式会社(同年九月一七日「全共済振興協会株式会社」と商号変更、以下「全共済」という。)を設立した。

全共済の代表取締役には、千葉総業の取引主任であった梅沢栄一が就任し、千葉総業の社員数名が千葉総業を退職し全共済へ就職した。

申請人松本は、全共済設立と同時に千葉総業を退社し全共済へ入社した。申請人内田、同鈴木は、全共済の設立と同時に千葉総業に在籍のまま全共済に出向した。

3  千葉総業と全共済とは、昭和五六年一〇月ごろまでは相互に密接な協力関係が維持されていた。千葉総業は全共済に資金的な援助を与え、全共済も新共済誌の発刊準備に努力し、現存の共済誌へ不動産広告を掲載したりその反響を千葉総業に取次いだりしていた。

ところが、全共済の事務所に鷹垣徳三郎が顧問として出入りするようになり、新共済誌の発刊も必ずしも当初の思いどおりにならなくなってきたことから、千葉総業代表取締役廣瀬は、全共済代表取締役梅沢ほか従業員らの全共済の会社乗取りのうごきを察知し、その資金的な援助を控えるようになった。そして、昭和五六年一一月には、ついに月刊「保険共済」の創刊中止及び資金援助の打切りを決定した。

4  これに対し、申請人らは、昭和五六年一一月二〇日全共済労働組合を結成し、同月二六日全共済代表取締役梅沢らと団体交渉を行い、会社に対し千葉総業との業務上の関係の断絶を要求した。全共済も千葉総業に対し、昭和五六年一二月九日千葉総業と全共済との業務上、経済上の関係の清算を求める通告書を発し、昭和五七年二月六日には千葉総業を被告とし業務提携手数料金三〇〇〇万円の支払請求訴訟を提起した。

また、申請人らは、千葉総業の不動産広告が誇大広告であり不良物件を仲介している旨顧客に喧伝し、被害者同盟を結成したとして物件の購入者に購入を中止させたり、物件の広告掲載誌の発行会社に対し広告の掲載を中止するよう働きかけたりし、昭和五七年一月には廣瀬代表取締役の自宅などへ大勢で押しかけ、同人が不良物件を扱う悪質不動産屋であるなどと記載したビラ多数を同人の自宅附近の電柱や塀に貼付したり、拡声器で右の趣旨を叫んだりした。

千葉総業は、申請人らの業務妨害、信用毀損の行為によって売上げが激減し倒産の危機に見舞われているとして、申請人らを刑事告訴するに至っている。

二  そこで、以上の事実関係に基づき申請人らの雇用関係について検討する。

1  申請人松本の雇用関係について

右認定事実によれば、申請人松本は、全共済が設立された昭和五六年六月八日に千葉総業を退職し全共済に就職した者であることが明らかであるが、申請人らは、全共済は外形的に法人としての体裁をとっているものの、その実態は千葉総業の一営業部門に過ぎないから、申請人松本は千葉総業との間に直接雇用関係を有している(いわゆる「法人格否認の法理」)、と主張する。

ところで、会社の法人格が全くの形骸にすぎない場合またはそれが法律の適用を回避するために濫用される場合には、その法人格を否認することができる、と解すべきである(最高裁判所昭和四四年二月二七日判決同裁判所民事判例集二三巻二号五一一頁参照)から、これを本件にそくして検討すると、まず、全共済の設立は、前記認定のとおり千葉総業の営業上の必要に基づくものであって、ことさら不法な目的によるものとは認められないので、その設立が法律の適用を回避するために法人格を濫用したものということはできない。なるほど「全共済振興協会株式会社」という商号は、共済組合関係団体であるかのようなまぎらわしい名称であるというべきであるが、しかし、そのことのゆえをもって直ちに法人格の濫用とまでいうことはできない。

次に、全共済の法人格が全くの形骸にすぎないかどうか、について判断すると、千葉総業と全共済とが昭和五六年一〇月ごろまで業務上密接な関係にあったことは前記認定のとおりである。すなわち、疎明資料及び審尋の結果によれば、共済誌の広告掲載は、千葉総業代表取締役廣瀬の具体的な指示に基づいて行われていたこと、広告料は、千葉総業から直接共済誌の発行会社へ支払われていたこと、全共済の従業員は、広告の掲載やその反響の受付のみならず千葉総業の従業員らと協力して顧客を現地へ案内したりしていたこと、千葉総業代表取締役廣瀬及び千葉総業役員の具体的な指示を受けることも多かったこと、売買成立の場合の手付金、残金等は顧客から千葉総業に直接振込まれていたこと、全共済の人件費、諸費用は、千葉総業がこれを支出していたことが一応認められ、全共済には経理部門がなく、業務内容については千葉総業代表取締役廣瀬及び千葉総業役員の事実上の影響力の大きかったことが明らかである。しかしながら、当時の全共済は、設立後まもないこともあって、経理、営業上の独立性を確保できるまで千葉総業が経済上の援助を与え経理事務を代行するという過渡的な段階にあったこと、全共済は、千葉総業とは別個独立の事務所、営業免許、銀行口座、従業員を有していること、全共済の役員は、梅沢代表取締役をはじめ全員が千葉総業を退社して全共済設立に加わった者で構成されており、両社の役員を兼ねているものはいないこと、全共済の株主は全共済の社員でしめられていることもまた前掲資料によって一応認められるのであり、加えて、前記認定のとおり、両社の紛争のなかで全共済が千葉総業からの独立性を主張し、手数料金支払請求訴訟まで係属していることをもあわせ考えると、全共済の法人格が全くの形骸にすぎないとはとうていいうことができない。

したがって申請人らの法人格否認の主張は理由がなく、申請人松本と千葉総業との雇用契約は、同人が千葉総業を退職した昭和五六年六月八日終了したものというべきである。

2  申請人内田、同鈴木の雇用関係について

申請人内田、同鈴木は、前記のとおり、千葉総業から全共済へ在籍出向していたものであるから、千葉総業との雇用関係は、全共済設立後も継続していたものというべきところ、被申請人は、申請人内田、同鈴木の両名はその後千葉総業を自主退社した、と主張するので判断する。

申請人内田、同鈴木が、申請人松本とともに全共済労働組合を結成したことは前認定のとおりであるが、疎明資料及び審尋の結果によれば、右両名は、その後、全共済への完全転職を主張し、全共済への出向を解くので千葉総業へ出勤するように、との昭和五六年一一月二五日の千葉総業の業務命令に従わなかったこと、社会保険の更新のために全共済の事務所を訪れた社会保険労務士の更新手続の要求を、自分たちは全共済の従業員であって千葉総業の従業員でないとして、昭和五六年一二月四日、同月九日の二度にわたって拒否し、結局、更新手続ができなかったこと、千葉総業は、やむをえず右両名が自己都合により昭和五六年一一月二〇日退職したこととし、昭和五七年一月雇用保険の喪失手続をとったことが一応認められ、以上の事実によれば、申請人内田、同鈴木の両名は、全共済労働組合に加入した昭和五六年一一月二〇日をもって、いずれも自主的に千葉総業を退職し全共済へ就職したものと認めるのが相当である。

したがって、申請人内田、同鈴木と千葉総業との雇用契約は、昭和五六年一一月二〇日をもって終了したものというべきである。

三  そうすると、本件各申請は、被保全権利について疎明がないこととなり、保証をもって右疎明に代えることも相当でないから、本件各申請をいずれも却下することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 土屋文昭)

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